「名水」の罠

「名水」の罠

日本全国を転々としていますと、ふだん何気なく蛇口をひねれば出てくる「水」が、土地によってまったく違うことに気が付きます。

琵琶湖の水。

相模湖の水。

安倍川の水。

紀ノ川の水。

………

今住んでいる土地の水道水は霞ヶ浦を水源としていますが、霞ヶ浦は夏になるとアオコで水面が緑色になってしまう湖。

いくら浄水技術が発達しているとはいえ、ここの水を飲んでいるのかと考えると、あまり良い気分にならないのは事実です。

琵琶湖の水も似たようなものでしたが、「じゃあ、どこの水が一番美味しかった?」と聞かれると、迷わず「霧島の水」と答えてしまいます。

以前、鹿児島と宮崎の県境に住んでいたときに飲んでいた水は「霧島裂罅水(きりしまれっかすい)」。

厚生省お墨付きの、全国でも指折りの「美味しい水」なのです。

霧島山脈に降った雨が大地に吸収され、シラス層や火山灰土などさまざまな地層をくぐり抜けて、地下150mに溜まった天然水、それが霧島裂罅水です。

このあたりに酒造会社や飲料メーカーの工場が数多く存在していることからもわかるように、適度なミネラル分を含んだこの地下水はとても清らか。

あちらこちらに無料で水を汲むことができる給水所もあって、休日にはポリタンクを持参した人々が列を作っている光景をたびたび見かけました。

こんなありがたい水が当たり前のように蛇口から出てくるなんて、今から思えば贅沢なことには違いなかったのですが……

ミネラル分が多い地下水であるということは、すなわち「硬水」。

キッチンのシンクや風呂場の浴槽には、このミネラル分がこびり付き、いくら掃除をしてもいつも真っ白。硬水を使っていると、どうしても水垢が目立ちやすいのです。

さらにそのころ、私はつねに便秘に悩まされていました。

あまり大きな声では言いたくありませんが、硬水とは硬い水と書くだけあって、どうやら○○○も固くなるようなのです。

浄水器いらずのきれいな水ではありましたが、ユーザーにはこんな隠れた悩みもあったのでした。

今でも、コントレックスなどの硬度の高いミネラルウォーターをわざわざ買おうという気にはなれません……。

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給食の思い出

小学校に入学したばかりのころ、給食の時間が苦手でした。

早生まれの私は、同級生たちと比べると、体が小さく食も細く、食事に時間のかかる子どもでした。

極端な偏食こそありませんでしたが、それでもやはり「きらいなたべもの」は存在しました。シイタケ、ゴボウ、春菊etc……。不思議なことに今では好きな食べ物ばかりです。

当時の教育は「給食は時間内に全部残さず食べ終わらなければならない」というもので、これも今から思えばものすごく酷であったと思います。

どうしても食べられないものを無理やり口に入れた挙句、ゲロゲロ吐いてしまった子どももいましたし、食べ切れなかったコッペパンを机の奥にしまいこんだまま忘れてしまい、数週間後にカビだらけのラスクと化した物体が教室内から発見されたこともありました。

ちなみに私は、毎日のように出てくるこのコッペパンが嫌いでした。みっちりと密度があるのに無駄に大きくて、たまに焼きすぎて少々焦げていたりして、

「あぁ、どうしてこんなゴワゴワのパンを毎日食べなければならないんだろう」

と溜息をついていたものです。

いったい誰が考え付いたのか首をかしげるようなメニューもありました。茹でたマカロニにきな粉をまぶした「マカロニあべかわ」とか、常に半解凍された状態で出てくる「冷凍プリン」とか。元気で食欲旺盛な男の子たちにはこのデザート?が大人気でしたが、私にはまったくもって理解不能でした。

担任の先生が鷹揚ならまだ救われるのですが、

「給食を全部食べ終わるまで、昼休みは外に出ちゃいけません!」

なんていうガチガチの管理教育を押し付ける先生もいて、給食の時間が苦痛であるあまり登校拒否になった、なんていう話もよく聞いたものです。楽しいはずの食事の時間が苦痛になるなんて、やはり当時の給食教育は何かがおかしかったのかも知れません。

さて、給食が苦手な生徒の一人であった私ですが、学年が上がるにつれ、だんだんと胃袋も大きくなり食べるスピードも速くなり、人並みに時間内に完食できるようになりました。

今では、「あなたってホントによく食べるよねぇ」とさえ言われます……。